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ボヘミアン・ラプソディ

誕生秘話

「ボヘミアン・ラプソディは最初からすべてフレディの頭の中にあったんだよ・・・・。」― ブライアン・メイ ―

このロックの歴史を変える名曲が誕生するストーリーは、フレディが彼独特の表記法で「音符」と「言葉」記した無数の紙(ロジャーのインタビューでは電話帳のような・・と表現されていた)を3人のメンバーとプロデューサーのロイ・トーマス・ベイカーの前で披露したことから始まる。

フレディのアパートで彼がピアノを弾きながら説明をしている初期の段階からロイはフレディのこの構想がとても壮大なものだと感じていたが、彼がピアノを止めて「はい、ここからがオペラ・セクションだ!」と言い出した瞬間、想像をはるかに超えたものがフレディの頭の中にあるのを知ったという。

すべて最初からフレディの頭の中にあったんだ。

実際にスタジオ・レコーディングに入る前に、フレディの頭の中ではすでにボヘミアン・ラプソディは完成していた。だからバック・トラックのアレンジの段階でフレディはすべてのインストルメントにダメ出しをし、注文を付けながらそれは作り上げられていった。ブライアン・メイはインタビューで「要するに僕らは彼が曲に命を吹き込む手助けをしただけであれはフレディの作品だ」と語っている。

それまでの常識を覆すレコーディングとプロモーション

フレディの希望でオペラ・パートが多重録音されていくのだが、今と違って当時はアナログ・テープ(16トラック)録音だったので、録音済みの数トラックを左右2トラックにまとめて、できた空きトラックにまた音を入れてはそれをまとめるというピンポン録音という気の遠くなるようなエンジニア作業を繰り返し制作されていった。(一説によると声の録音だけで180トラック近くが録音されたということ。)

この録音作業だけでも特筆すべきものではあるが、それとは別にクイーンが当時の常識をこの曲で覆してしまった点が他にもある。それはこの長い曲をまったく編集することなくフル・サイズのままシングル・カットしたこと。当時はヒット曲はラジオでDJがどれだけオン・エアーしてくれるかによって生まれていたといっても過言ではなかったが、放送局が払わなければいけない著作権料が曲の長さによって違うこともあり、そのころの常識ではヒットさせたければ曲の長さは2分半~3分というのが当たり前だった。実際にレコード会社はオペラ・セクションを大幅にカットしたエディット盤も制作したが、クイーンはフルサイズでの発売にこだわり、エディットを出すのであれば発表しないという話にまでなっていた。

 しかしこの話は意外に早く片が付いた。天下のBBCラジオの人気DJケニー・エヴェレットがフルサイズ・ヴァージョンの虜になり、一日に何度もボヘミアン・ラプソディを流し、そのたびに絶賛したおかげで、一気にこの曲はイギリス中に浸透し始め人気は大きなうねりへと変化し始めたのであった。そしてその後この曲は全英チャートの1位を獲得し、のちに全英レコード協会から「過去25年での最高のレコード」と称されることになる。

 それだけではなくフレディの死後、3週間後にシングルとして再発されまたもや1位となる。これだけの長い期間を隔てて同一音源の楽曲が1位になったのもこの曲だけである。

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さてこの曲は何を歌われていたのか・・・・・?それを説明できる作者であるフレディ・マーキュリーはもうこの世にいないが、のちにロジャー・テイラーはインタビューでこう語っている。

「フレディの頭の中には彼にしかわからない妄想の世界があった。あの歌詞は決してシリアスな解釈を求めたものではなく、単なるフレディの空想の世界なんだ。」

またフレディ自身もこう語っている。「クイーンの曲には、難しいメッセージなんて込めていない。娯楽であり現実逃避だ。聴く人は現実から離れ空想のゴシックに浸り、そしてまた日常に帰っていく。それでいい。」

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