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MTVとベストヒットUSA

  • 投稿カテゴリー:徒然日記

現在、YouTubeなどの動画サイトが普及し、曲を聴きながらそのアーティストが歌う姿を映像で観ることなど当たり前となっていますが、1970年代に特に日本の洋楽ファンがアーティストの動く姿を映像で観ることができる機会は本当に稀でした。
1981年8月、アメリカで開局されたケーブルテレビ局「MTV」。一日中、ミュージック・ビデオだけを流すという画期的なチャンネルが、記念すべき開局第一発目に放映した曲は、皮肉にもMVの出現によりそれまでのスターの座から転落してしまうミュージシャンの哀しみを歌った「ラジオスターの悲劇」だったことは有名です。


この「MTV」の開局により、音楽業界のヒット曲生産方法は革命的に変化を遂げます。それまではとにかく影響力の強いFMラジオ局のDJに気に入られて、ヘビーローテーションを勝ち得て、それを足掛かりに広域をライブツアーするという地道な方法だったのが、たった一発のミュージック・ビデオの大ヒットで海を越えたスーパースターが簡単に生まれるようになります。
昨日まで無名だった新人バンドが、斬新なビジュアルと奇抜な映像によって、いきなりヒット・チャートに名を連ねることが当たり前になり、逆にそのような映像主体の流れに乗り遅れた古いタイプのバンドが、チャートの常連から消えていきました。
80年代の初めと言えば、デュラン・デュランやヒューマン・リーグ、カルチャー・クラブ、ワムなどが大西洋を越えアメリカで大ヒットを飛ばします。これらのアーティストもライブ活動の前に、ミュージック・ビデオの中にいる彼らの姿がすでに若者の間では生でライブを観るのと同じようにイメージされていきました。
ビートルズやローリング・ストーンズ、キンクスなどのイギリス系サウンドが1960年代にアメリカでもてはやされた「ブリティッシュ・インヴェイジョン」が時を経て再び巻き起こります。

小林克也のベストヒットUSA


さて日本ではどうだったか?僕は1970年代〜80年代は今と変わらず関西を拠点としていました。この時代の東京と大阪はきっと現在と比べ物にならないくらいの情報量の格差があったかもしれません。
初めて仕事で東京に出張で行き、昼間はビルの高さと蕎麦のつゆの黒さに驚き、そして夜はホテルに帰ってラジオをつけたらFENがめちゃ綺麗な音で聴けて感動しました。
そんな憧れのアメリカンDJスタイルで洋楽を紹介してくれる素晴らしい番組、それが小林克也さんの「ベストヒットUSA」でした。驚くべき事にこの番組が始まったのが1981年4月!アメリカでMTVが開局する4ヶ月前です。この番組で洋楽ファンになったり、バンドを始めたアーティストも多かったはずです。

みんなが同じ思い出を共有している


1960年代に生まれた僕たちが、10代〜20代の青春時代と呼べる時期にこのような目で観る洋楽体験をした事。情報量が少なかったからこそ、皆が同じイメージを共有している事。これがR50世代がいつまでも洋楽が大好きで、集うたびに同じような思い出話に何度も花を咲かせる要因なのかもしれません。